誰かの胃袋を満たしたのならそれもいいか。

振り返れば弾丸だけど、
なんとなく、随分いたような気がしてくる。奈良、大阪、岡山から昨夜戻りました。どこもほぼ行ったことがない場所だったので、目に入るもの全てが新鮮だった。電車の色とか、エスカレーターの立ち位置とか、駅の案内表示の難しさとか、駅前のお店の雰囲気とか。自分がいる東京というところと知らず知らず照らし合わせながら風景を眺めたりして、随分違うんだなと思っていた。なんの根拠もないけれど、東京のチェーン店の多さは異常なんじゃないか、と思ったなあ。時価が高すぎて個人のお店は出すことができないのか、なんなのか、どこの駅で降りても似たり寄ったりの、店の看板が並んでいる気がする。チェーンのラーメン屋と、コンビニと、マックと、牛丼。眠らないから店がやってるのか、店がやってるから眠らないのか。鶏と卵。

そんな風に、思いめぐらせ考え渦巻き、電車の窓から過ぎていく風景や、人の背中とか、表情とか、会話とか、おじさんのジャンパーのへたり具合だとか、なんかそんなことを観察しまくりながら、移動しておりました。なんか、どーも、どこへいっても、わりとそんなことをしてしまうのです。この人はどこから来てどこへ。そしてその背景にはいったい何が。。。なんてね。自分が根無し草なもんで、そういうことに興味があるのかもしれない。

だから、網棚に岡山で買ったきびだんご忘れたりしてしまうんですけども。ふぅ。出てこなかったしな。だれかの胃袋の中に収まったのなら、まだいいか。捨てられてないと信じる。

奈良では、ナミちゃんのおじいちゃん、おばあちゃんちで大変にお世話になり、岡山ではお店のご家族のところでお世話になり、ありがとうという言葉だけで帰ってきてしまったような、そんな感じです。
イマココ食堂も、Hemp Shop ビバークも、とってもいいところだった。そんなきっかけをくれた、ナミちゃん、なみさん、お店の皆さん、そしてご一緒したろくろうさん、ありがとうございました。

そういや、今日、ミャンマー、カンボジア、ラオス人が集まるところで歌を歌った。思い出したくないくらい、いろんな意味で、面白い体験だった。すごいタイミングで渡されるバトン。受け取り疾走するわたし。自分の役割はなんだっけと思い、和ませること、柔らかくすることをモーレツに意識。さらに固くなる自分。口から言葉が出ていって、いろんなことを話してしまう。。のは、いつも通り。(笑)いい体験ではあった。花 という歌が東南アジアに浸透してることも分かった。やっぱ、そーなんだ、と思った。歌ってみないとわからないことだ。そしてやっぱり思うことは、音楽は土と空が似合う。食べ物や飲み物が似合う。ゆらりゆられることが似合う。もっと生き生きしたかった。全力を込めたいのにコメきれなかったところがくやしいぬ。無名ですけれど、悔しがったりは人並みにするのだ。そんな学びの1日であった。。。アカデミックな人たちに、知ってほしい世界の片鱗を表現できなかったことがなんとも心の隅で固くなって残る。文化って呼ばれてるものってね、机で勉強するだけじゃ完成しないんだぜ。やってみてはじめて、はじまるような気がする。じぶんはじぶんのたびをつづける。だけだぜ。わたしは、楽しいから、やってる。人生アドリブ。(おい

まっすぐにしたたかに、ひっぷに。おしり。

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