蕎麦屋も売店も公衆電話も無かった

昨日は、とあるイベントのエンドロールに、自分の曲を使ってもらえることになって、それのリハーサルで、ドラムの方と合わせたりなんかするためにいつも行かないところに行った。

だから、小さい頃、(6歳くらいからかな?)何年も毎日通っていた駅と、電車を久しぶりに使った。

幼い頃の記憶って凄いもんで、
何もかもを画というか、映像というか、とにかく覚えている。

駅の姿形はまるっきり変わっていたけど、ここに何があった、とか、タイルの種類や色、貼られていたポスターや掲示板の色、改札口に無造作に置かれていた黒板、駅の蕎麦屋を埋めていた競馬帰りのおっちゃんたち、蕎麦屋のテーブルは会議室にあるような茶色いテーブルで、これまた無造作に壁に沿って並べられていたり。しかも立って食べるにはやたらに、低い。
トイレも今の駅のトイレとは比べものにならないくらいのトイレで、ペーパーなんてあるわけないし、全て和式だった。魔界だったな。
それで、トイレの手洗い場のところの蛇口からオレンジジュースが出てきたよ、と、友達がうそぶいて、わたしはそれを信じたこともあったっけ。笑

待ち合わせ場所は、公衆電話がズラリと並んでいた場所だった。エレベーターなんてあるわけもなく、エスカレーターはひとつだけだったな。
駅の売店の位置やおばちゃんの髪型も、なんとなく覚えてる。(顔は忘れた)

でも、結構駅それぞれに色があって、汚れ具合もそれぞれ違ってたと思う。

そして、それらすべてはもちろん
変わっていた。

ほんとに随分綺麗になったなあと思う。

トイレも綺麗だし、公衆電話なんて跡形もないし、そこにエレベーターができていたり、売店はなくなり、蕎麦屋もなくなり、綺麗なニューデイズができていた。まさに新しい日々だった。笑
そして、それもまた、ただただ古くなって、壊されて、「新しく」なるんだろうね。
古くなるだけなのに、たった一瞬の新しさにはいったいどんな意味があるんだろうな、とふと思う。ほんとうに新しいものって、たぶん、きっと、普遍的なものなんだろうけど、それは簡単には作り出せないことをわかっているから、安易な真新しさに向かうんだろうな。

駅だけじゃなくて、建物も、食べ物も、服も、音楽も、みんなみんなそうなんだろうな、と思う。

あ、ぜんぜん、
ノスタルジーじゃないです。昔が良かったとか、ぜんぜん思わないし。っていうか20年も経ってないから、昔ですらないですね。あれは一体なんだ。笑
あれはあれで、当時の新しさの精一杯だったんだろうな。それが古びてくたびれたところを、毎日通り過ぎていたんだな、と思う。
それくらいには、汚れていたから。

にしても。
わたしの世代で、たったこれだけの変化で、随分変わった、と感じるのだから、戦前や戦中、戦後間もないころに生まれた世代は、いったいどんな変化の中にいたのだろうか、と、ほんのり羨ましく思う。

もちろん今だって、急激に変わる時代、なんだけど、停滞からの崩壊という過酷な変化だけじゃなくて、
自分の力だけじゃどうにもならない目に見えてわかるような、0から1ができたと思えば100になってた!みたいな暴力的な渦の中に、一度身を置いて見たかった。と思う。

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