旅日記⑧フーチンの湖、森、家族、お墓。そして再見

前回までの旅日記①〜⑦はコチラ。

旅日記⑦サムの故郷雲南北部湖に囲まれたフーチン

旅日記⑥雲南省から夜行列車で象形文字と納西族の街丽江(リージャン)へ。

旅日記⑤異邦人、日常に紛れ込むの巻

旅日記④体に響く掛け合い歌と花の色に染まったご飯

旅日記③チワン族自治区・チワンのブルースに出会う

旅日記②雲南省昆明にて

旅日記①ラオスのゴールデントライアングル、フエイサイから中国は昆明へ。

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翌朝眼を覚ますと、

昨日の朝とはうって変わって、快晴だった。日差しも暖かい。

鳥たちの声が気持ちよくて、目覚めもよかった。

夜が早かったのだから、朝もさぞかし早いのだろうとビクビクしていたのだけど、サムの家は、みんな8時ごろになって、ぼんやり朝が始まるようだった。

朝ごはんをきちっと食べるという習慣もなさそうだった。

屋根の裏に、鳥が巣を作っていた。

庭のアヒルも、大きな声でおしゃべりしていた。

晴れると、昨日までの景色とガラッと変わってみえるから面白い。

少し、日本に近くなった感じもした。日本の冬晴れのようだ。

何か食べる?と、お母さんが出して来たのは、昨日市場で食べた、エークワイだった。こっちのオニギリとかサンドイッチがわりなんだろうと思う。軽く火であっためて食べるので、お餅のようにモチモチして、かなりお腹いっぱいになる。これを一枚食べきるのが意外と大変。しかも冷めると固くなるので、バクバクいかないといけない。

とても辛いラー油や、味噌、ニンニクなどを塗って食べた。

これはどうみても、高菜。味も高菜。これも挟んだりすると美味しい。

腹ごしらえが済んだら、また別の湖に行こう!と、バイクでひと走り。

この街にはいったい幾つの湖があるんだろう。しかも観光地ではないので、自然そのままの状態を独り占めできる。すごいところだと思う。

昨日よりも大きな湖。

木が生えていて、釣り人もいた。

落っこちたらアウト!な、道が延々続く。

柵があったら景色も、体感的にも台無しになるところだけど、この柵のない感じが、とっても気持ちがいい!!

水面から生える木々は、常にこうなのか??

雨季とか乾季とかあるのだろうか。

そしてこのあたりの山は、冬だからかもしれないけど、どこも緑があまりないというか、荒涼とした山だ。

山の表面に見える小さなつぶつぶは、お墓で、山から湖を望むような向きで作られていた。

このお墓は、近い距離から見るととっても大きく、石造りで、このあたりの伝統的な作りらしいが、作るのに莫大な費用と労力を必要とするらしい。

死んでからのお墓のためにお金を使うなんて、良いこととは思えない。自分は、大地に散骨してほしいとサムは言った。そうしたらやがて、養分となり、新しい植物が育つための力になるかもしれないからと、言っていたのが強く印象に残っている。

サムは自分より年上で、たしか31歳だったと思うのだけど、田舎のように見えるこの街も生まれたころとはずっと変わっているらしく、この開発のスピードや、方向に違和感を感じているようだった。

中国の旅では、毎日本当にたくさん歩いた。あとからiPhoneの万歩計見たら、1日3万歩以上歩いていた。距離にしたら、、、20キロくらいいくのかな?

けれど、ひたすら歩いても、目的地と自分との距離がなかなか縮まらない印象だった。土地が広大な国だからなのか、距離感が日本とは全く違うのかな。

四川にいる友達も、上海にいる友達のことを、「近くの友達」と表現していたし、近い、とか、遠い、とかって実は曖昧な表現だったことを思い知るのだった。

毎日果てしがない。

春と冬の共存。

大きな田園。

しかしこのあたりも開発が始まっているとサムは言っていた。

山を切り崩し、土を掘り返し、畑を亡くし、建物を建て、街を作りはじめているとのことだった。こういうのは好きじゃないと、はっきりした口調で言った。

たくさん歩くと、おなかが減る。

でもだいたい、いいところに屋台がポツンとあったりする。

ここは、ピリ辛ポテトだった。迷わず買う。

おいしい。。。。(笑)

少しして、また別の場所へ行こう、とバイクを走らせる。

凧揚げをする親子。

気持ち良い風。

初心忘るべからず。

だだっ広い広場で、民族衣装を着てノリノリの音楽で踊る若い女性たち。

アイドルなのかな。

その近くに、入り口がある。

目的地はここのようだった。

先が見えないけど、大した距離じゃないだろうと舐めきっていたら、1時間以上延々と歩いた。のぼりの階段、下りの階段、曲がり道、延々。

梁のところに、地元住民が書いたという言葉がある。物凄い数の梁だけれど、そのすべてに刻まれていた。驚き。

回りは、森のようになっていて、お墓がポツンポツンとある。

このあたりのお墓は、お寺にまとめてドドドッとあるわけじゃなく、みんな好きなところに、ぽつん、とあったりするので、のびのびしている。

お墓たち。

ひたすら延々1時間歩き、最後の方なんて無言になっていたけど、

突然サムが、

ここから先は、イイよって言うまで、右を見ないでと言われた。なんだろうと思いながら従った。

少しして

いいよ!

と言うので右を向くと、突如森のようだった木々が無くなり、ぱあっと開けたと思えば、

大きな湖が山と山の間のくぼみにあるのだった。

本当にびっくりした。写真にも納まりきらない。

ここ、外国人来るの初めてだと思うよ、なんて言われたけれど、そりゃそうだろ!と、内心思わなくもなかった。(笑)

湖が現れても、道は続く。延々と。どこまで続くのか?ときくと、この道は今も作成中だそうで、おとといまでいた、リージャンに繋げる計画があるらしい。そうなると、歩いていくことはできないだろうなと思う。

途中のお寺で休憩。

っていうか、リタイヤ。

さすがにここから来た道を戻るのも辛すぎるので、個人タクシーを電話で呼び、入り口のバイクを置いてきたポイントまで送ってもらうことにした。

やはり荒涼としている。

ひとりだったら、絶対ここにはこれなかっただろう。

無事帰還。街中に戻った。少し安心する。

ブタ小屋も平常運転。

庭に積み上げられた瓦。

右上にあるのが、大根の漬物。

そしてこの麺料理。今回のナンバーワンは?と聞かれたら迷わずこれをあげるかな。

日本の担担麺よりさっぱりしているのだけど、パンチがきいていて、麺は米粉でできていて、もちもちしている。中国は出された料理を残す文化があるとかどうでもよくなって完食した。

高校生の頃、毎朝これを食べてから学校に行っていたらしい。

今度は近くの湧水がきれいな、池へ。

確かに本当に綺麗。

ここがお水の湧き出しポイント。

ここにお水を汲みに来て、お茶を入れる人もいるらしい。

なにかを洗ったりしてはいけません。

お店の中に流れる、水路すらも美しい。

どうかこのまま、美しい水が流れ続ける街でありますように、と、願わずにいられない。

この日の夜にはこの街を出ることになったので、

最後の散歩へ。

田園風景、蓮畑。

びゅんびゅん。

お墓は突然現れる。

到着した。

木立の中に入っていく。

ひたすら木々の中を歩くと、また突然湖が現れた。

お墓も、湖も、突然でてくる。

西日と、木々と、湖。

なんか、夢の中みたいだ。

お墓。独りだけのお墓。

はじめてみた。ずっと二人くっついているのがほとんどだったから。

でもなんか、自然となじみすぎているというか、一体化していて、あんまり寂しそうではない。

綺麗な色。

おばさんがくれた靴。

あったかい。

はいっちゃいけないらしいけど、ボートで何かを運ぶ人たちがいました。

気持ちよさそう。

こんなに美しい自然なのに、ああやって山を削る人がいるのは悲しいと言っていた。

枯草の黄金色、葉っぱの若葉色、湖の青。

どこもかしこも。

空を見ると、

木の葉が、線香花火のようにみえた。

わかれみち。

吸い込まれそう。

バイクで飛ばして帰る。

やっぱり夢の中みたいな町だ。

春の準備。

もうちょっと長くいられたらいいのにと思った。

折り紙を教えたら、一気に仲良くなった。

しかし、今夜帰るということが分かった途端、ソファーの裏に隠れて出てこなくなっちゃった。

ごめんよ。

ありがとうございました。

というひとことで一体何が伝えられるのかと、思ってしまう。

感謝、なんてそんな単純な二文字だけじゃない。

最後の晩御飯。

子持ち昆布がそっと最後に冷蔵庫から出てきた。

日本に帰ってから中国の友達に聞くと、それはごちそうでめったに食べないものだと言われた。

だって、雲南から海はめちゃめちゃ遠いでしょ!と言われた。

帰る直前。

お母さんが、たくさんのお豆と、クルミ、キャンディ、お庭のアヒルたちのゆで卵とゆで卵の塩漬けを6個も持たせてくれた。

コミュニケーションを取ることすら厳しい、謎の外国人が突然訪ねてきたにもかかわらず、いやな顔一つせず、いつも優しく笑って身振り手振りでおしゃべりしてくれた。

一年以上たった今も、顔もはっきりおっぼえてる。

忘れたくないなあと思う。

折り紙は、世界共通言語。とくに子供。

モンペみたいのはいてるのが、心底恥ずかしいのですが、あったかい服、これしかなかったの。

次は最終回。

大理、昆明、ラオス。これにて昨年分は、終了です。ずーっと下書きにほったらかしていたから、なんだか、すっきりしてきた。

でわでわ。ドロン。

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旅日記⑧フーチンの湖、森、家族、お墓。そして再見” への2件のフィードバック

  1. やたらと広大な地。

    ゆったりと流れる時間

    偶然知った話だが、国道140号線を秩父から、山梨県へ繋げる為に掘って開通した雁坂トンネル。

    確かに埼玉県と山梨県が直接結ばれて、車で行き来できるようになって、便利にはなった。
    しかし、トンネルの真上の沢の水はすっかり涸れてしまったそうだ。

    便利になるって、果たして幸せと言えるのか疑問だ。

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