旅日記⑨大理→昆明→バイバイ中国→ラオスに戻り旅が終わる

前回までの旅日記①〜⑨はコチラ。

旅日記⑧フーチンの湖、森、家族、お墓。そして再見

旅日記⑦サムの故郷雲南北部湖に囲まれたフーチン

旅日記⑥雲南省から夜行列車で象形文字と納西族の街丽江(リージャン)へ。

旅日記⑤異邦人、日常に紛れ込むの巻

旅日記④体に響く掛け合い歌と花の色に染まったご飯

旅日記③チワン族自治区・チワンのブルースに出会う

旅日記②雲南省昆明にて

旅日記①ラオスのゴールデントライアングル、フエイサイから中国は昆明へ。

---------

フーチンから大理までは列車だった。

朝がきて、散歩をした。

また、大きな湖がある。

太極拳をするおじさんの後ろで、昨日お母さんにもらったアヒルのゆで卵を食べた。

塩漬けのものは、塩が効いた泥の中に埋める方法だとその時は聞いたけど、日本に帰ってから別の人に聞いたら、また別な方法を言ってたので、作り方は定かじゃないけれど、

とっても美味しい。

しかもニワトリの卵よりかなり大きいので、お腹いっぱいになった。

街並みは一気に都会になった。

久々に高い建物を見た。

ほんの少し電車に乗るだけで、こんなにも変わるのかと思う。

それでもまだ、昆明や北京と比べたら、かなり田舎なんだろうけど。

観光地へ。大理古城。

外国人はいなかった。(結局今回出会った外国人は、昆明のゲストハウスにいた韓国人の女の子1人と、白人カップル1組のみ。)

大理に来ることを諦めてでも、フーチンに残って、厄払いの村のセレモニーに参加すればよかったと少し悔やんだというのが本当のところ。

そんな思いもあったのと、この日の夜のバスで昆明に向かったのもあって、写真を大理でほとんど撮っていなかった。

路地に入ると、藍染の大きな布を売っていた。

一枚買った。

最近になって、日暮里の繊維街で買い物をしていた時、各国の古布売り場でたまたま自分の買ったものとおんなじ布が売られていた。

大理の白族の布だ!と興奮してタグを見ると、ほんとうにその通り書いてあってちょっと感動したのだった。

トンネルを抜けて。

やっとお城の姿が観れた。

おばさまたちが、大きな声でおしゃべりしている。

バスターミナルで、

沸騰してないお湯で茹でたらしい、モニョっとした麺の料理をかきこんで、バスに飛び乗り、昆明に帰った。

ゲストハウスに戻ると、新しい顔ぶれと、前からの人と、混じり合って、また新たな空気感に包まれていた。

戻ったよー!と言ってみんなに挨拶をした。

と言っても、明日にはもう出てしまうんだけど、、。

なんだか急に寂しくなった。

来た当初は、高熱にうなされて、帰ろうかな、なんて弱気になってたけど、こんなに楽しい毎日になるなんて思いもしなかった。

偶然にも出会ってくださった人たちのおかげだ。

風邪でしんどかった時は助けてくれたし、何かと相談に乗ってくれたり、荷物を預かってくれたり、みんな優しくしてくれた。

壁に、宿泊客の寄せ書きがあるので迷わず書いた。中国語と、時たま韓国語があるだけで、日本語を1つも見かけなかったから、できるだけ目立つところに張った。

最後のご飯。

ムスリム一家のいつものお店で、チャーハン。

バスで23時間。

ラオスに戻る。快適な180度フラットの席。考えた人は天才。

バスも行き同様、歌を歌う人、おしゃべりする人、りんごの皮を剥く人、ほんとうに様々で飽きなかった。日本の懐メロの中国語バージョンをへたくそに熱唱するおばちゃんなんかもいて、本当に面白い。他の人も全然気にしない。その気にしないというスキルの高さ。勉強になる。

途中休憩の、ご飯タイムでは、外国人が1人だからどっかに行かれちゃうと困るからなのか、運転手軍団と同じ扱いとなり、食堂の裏手のキッチンでご飯を食べることになった。横にいた弁髪のオッチャンが、料理を頼むのが大変だろうと、(冷蔵庫を見させられて、これを作ってくれと頼むスタイルの店)色々勝手に頼んでくれた。

おっちゃんは強そうなお酒を飲んでた。わたしには何故か、これを飲め!と、レッドブルをくれた。

話しかけてみようと思い、筆談で話すと、おじさんは、中国語を書くのが苦手なようだった。(少数民族の人かもね、と日本の友達が言ってた)

若干、気まずい感じがありつつも、なんとなく会話して、なんとなくご飯を食べて、食べて、食べた。笑

↓運転手軍団。と、料理人のひとたち。顔はコワモテだけど、意外とみんな優しい。

レッドブル。

ご飯を食べたら、お昼寝タイム。時間は腐るほどある。笑

ラオスに着いたのは翌日の夕方。

ぼんやり街を歩いていたら、行きに出会って友達になった同い年の人たちとばったり出くわした。

何してるの?といわれ、

ご飯探してる!と答えると、自分たちの家でご飯作ったところだから、食べにおいで!と言われてあれよあれよと言う間に、みんなの家に。

男子率高めの、大学の寮だった。

みんなの美味しい手料理を頂いてしまった。

せっかくだし!ということでみんなでゾロゾロ近くのメコン沿いの音楽ができるお店へ。

わたしも歌ったりした。

こんな感じのステージ。

うしろが、メコン川。夜風が気持ちよくて、タムマクフン(ラオスのソムタム)も美味しかった。

ゲストハウスは行きと同じところにした。

そこのわんこが可愛いから。

すっかり覚えられて、しゃがむと乗っかってくる。

みんなにさよならを言って、翌日にはタイのチェンマイに向けて出発した。

タイに戻ってからは、友達の家やお店に連れてってもらったり、音楽したり、大学の学食を食べに行ったりして、すっかり寒いところに慣れていた体を、暑さで緩めた。

おわり。

---------

番外編。

中国での筆談の記録。

17歳の女の子と仲良くなった時。

若い!と、伝えたかった。

中国語難しい!というと、

難しくない!と、即答で返ってきた。

大丈夫マ?

は、中国語ではない。けど、必死だった。

もはや、英語が飛び出してる。

トイレは何処ですか?

それすら、通じないことがあったのです。危機的状況。笑

切符を買うのが、結構大変だった。行列に並んで、窓ガラス越しに伝えなくちゃいけなかったから。

たまにタクシーの運転手さんの走り書きもあったりする。

明日のバスのチケット。

朝なのか夜なのか、間違えると大変。

だから、朝か夜かに丸をつけてもらった。これなら確実。

広告
カテゴリー:

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中